【仕事観(7)やることになっていることを仕事にする】

2018年04月02日 コラム

今回は、「やることになってることを仕事にする」です。

どういう仕事観かと言いますと、
「親の稼業を継がないといけない」とか「うちは医者家系だから自分も医者になる」とか
「公務員に絶対なれと親に教育された」といった世襲的・親の影響的な仕事観です。
私の仕事ではよくこの声は聞きます。

これは他の仕事観とちょっと異質です。

今でこそ、ある程度自分の希望に沿って仕事を選ぶことができるようになってはいますが
近代以前では親の仕事を子どもが継ぐというのは非常に一般的な形態でした。
ですから、そもそも仕事を好みだったり得意だったり何なりで
「選択してよい」という仕事観が生まれたのはそんなに古い話ではありません。

そして、現代においても、世襲的な稼業を持たれている家は少なくありません。
この場合、子は「その仕事をやることになってるから」と消極的な理由でその仕事に就くことになります。
この仕事観の問題点は、選んだという実感なく仕事に就くために、
うまく他のどれかの仕事観にチェンジできないと辛い思いをする場合があるということです。

最初はやれと言われて仕方なく始めた仕事だったけれど、やってるうちにだんだん好きになってきた、
となれば良いのですが、運が悪いと結局、その仕事が好きでも、得意でも、
社会貢献や自己成長の実感を得られるわけでも、必ずしも組織の発展が見込めるわけでもなく、
ただ働いているということがあります。

こういう時は、何とかこの「やることになってることを仕事にする」の仕事観の中で
充足感を得なければなりません。

仕事を自由に選ぶことはできなかったけれど、だからこそ、これが運命の仕事なんだとか、
伝統を受け継いでいることそのものを喜びとするなど、
その「選べなかった仕事」を「選べなかったこと」も含めて受け入れることが必要になります。

こう言うと何とも弱気な考えに思われるかもしれませんが、私は案外そうでもないと思います。

顔の作りや頭の良さ、運動神経、病気の有無などなど、
人は生まれながらにして不本意なことを山ほど抱えています。

就く仕事が生まれながらにして決まっていることだって、
その山ほどある不本意の一つの要素でしかなく、
人生においてはこのような不本意は珍しいことではありませんし、
仕事が自由に選べる他の人だって何か他の不本意を抱えているかもしれません。

だから、それに文句を言ってもどうしようもありません。

何にしたって人生は配られたカードで戦うしかない、
この手札の中でどうプレーするかは自分で決められる、
そう思えたならば、与えられた仕事も自分にとって価値のあるものにできるのではないでしょうか。

シリーズで仕事観についてお伝えしてきました。
仕事観の分類というより仕事観の軸と言うべきかもしれません。

しかし、この仕事観の違いで、すれ違いが起きてしまっていることは少なくないと思うのです。
そして、自身の仕事観を見つめる経験をすることでこそ、
他の人の仕事観を尊重することもできるようになるんだと思います。

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