【仕事観(6)組織に尽くすために仕事をする】

2018年03月26日 コラム

今回は「組織に尽くすために仕事をする」です。

組織の発展を目指す仕事観と言うと分かりやすいでしょうか。

会社の業績が上がって大きくなるとか、市場のシェアを奪うとか、新規市場を開拓するとか。
そういった組織の発展に喜びを感じます。
この意味では私企業人のための仕事観のようですが、
公務員でも「省益がどうのこうの」などと言われることがあるので侮れません。

(3)の「社会の役に立つことを仕事にする」とは、
自分の利益を目指さないことでは類似していますが、尽くす対象が異なります。
「社会貢献」の方では社会全体に普遍的に役に立ちたいと感じているのに対し、
「組織貢献」の方ではその組織の役に立ちたいと感じています。
いわば、チーム対抗戦を戦っているようなもので、「社会貢献」とは異なり
「他チームとの競争」の要素が入ってきます。

言葉上は社会と言っても、「日本」という国が外国よりも発展することを目指すといった場合には、
こちらの「組織貢献」にあたると思います。

この仕事観の問題点としては、極端に組織の論理で動くと、
個人を犠牲にしたり社会に不利益を与える場合があることです。
それが正しいと疑わないところです。

あえて悪徳なケースを挙げれば、サービス残業の強要や、脱税・食品偽装・公害などの
いわば犯罪的な行為とその隠蔽などですね。

ここまで極端でなくとも、組織の論理を振りかざして、
プライベートを尊重したい「割良し」仕事観の方からの拒絶や、
社会正義を目指したい「社会貢献」仕事観の方からの義憤とぶつかることはやはり珍しくない光景です。

一般的な私企業と言うのは、その利益を追求するために設立されますから、
組織に所属する以上、組織の利益や発展を願うのは当然のことです。

また、地元のプロ野球チームを応援したり、
運動会で偶然分けられた赤組白組でもその組の勝利のために全力を尽くしたりと、
所属した組織の勝利を目指すというのは人にとって自然な気持ちとも言えます。

しかし、あくまで組織というものは人ではなく形の無いものです。
組織そのものは発展を喜びも悲しみもしません。

組織という形の無いもののために、いつのまにか組織内外の実体を持った人々が苦しむことがないように、
組織の論理の振りかざし方は慎重になることが必要となってくるのではないかと思います。

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